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2017年05月02日(火)

晩餐会をプロデュースしました [えとせとら]

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先月のこと。長い付き合いの友人が還暦を迎えるということで、お祝いの記念晩餐会をプロデュースさせていただいた。今年60歳になられるわけなので、つまり昭和32年(1957年)にご誕生のその方のお仕事は、フレンチレストランのオーナーソムリエ。名古屋を代表する重鎮のお一人なので、「すんごいワインのラインアップで豪華な晩餐会を!」と発想するのが普通だと思うのだけど、普通なんてつまんない!と思ってしまう職業病のわたくし。日本におけるソムリエという職業の先頭を走ってこられた方の歴史を、参加した方と一緒に感じながら、会話を楽しめる晩餐会にしたいと思って、今年の1月くらいから企画を始めたのであった。
晩餐会のキーワードは昭和32年。そのドレスコードに見合う会場探し。メニュー構成。ワイン探し。サービスのスタイル。BGMにお手土産のセレクト。そして特別に仕事してくれる料理とサービススタッフの人選。全てにわたって昭和32年を意識し、参加した方はもちろん、お祝いされる主役にとって忘れられない思い出の1日となるよう、方々に頭を下げて協力をお願いし(笑)、楽しかった!と言ってもらえる晩餐会を無事に開催したので、ここで詳細をご紹介させていただこうと思う。ま、正直に言って、プロデュースしてるわたしが多分いちばん楽しかったんですね、きっと。

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会場は名古屋市東区にある大洋ビル。昭和6年に建設されたレトロビルで、主役のご両親とほぼ同年齢のビルヂング。普段は薬膳料理の料理教室として使われている場所を、無理を言って貸してもらいました。

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テーブルセッティングはこんな感じ。主役から「お店ではクリストフルを使ってるので、お店のカトラリーを持参するね」と言われたけど、いえいえ昭和32年ですから、と説き伏せて、あえて会場にあったカトラリーで昭和32年を演出です。お花は紅白でアレンジしました。BGMは、映画「ALWAYS三丁目の夕陽」のサントラ。あの切なくて懐かしいメロディが会場に流れました。

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ワイングラスは必要最低限の種類をお店から持ち込み。ワインをサーヴするためのお道具類も持ち込み。普段のお店とは全く違った印象でした。


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これが当日お配りしたメニュー表。でもただのメニューじゃござんせん笑。

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中面のごあいさつです。晩餐会のテーマのこと、いろいろ説明しております。

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主役をお祝いするべく、集まってくれたスタッフは、お店でお仕事してきた歴代のシェフ、ソムリエたち。遠方で活躍している人には声がかけられませんでした。それはちょっと残念でした。


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メニューその1。

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左が生春巻きに包まれたポテトサラダ、こういう発想が現代解釈っぽくていいでしょ。右下がシーザーサラダ、本来のシーザーサラダと上下が反対になってて面白い。右上はホットドッグ。パンから手作り。トマトケチャップも手作りなんですって。

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昭和32年といえばコーンポタージュは大ご馳走!コーンポタージュだと思って食べると、あれ?という印象。実は下のポタージュが新玉ねぎ。上の黄色いピューレだけがトウモロコシ。現代解釈のコーンポタージュです。


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カニクリームコロッケ。でもとっても贅沢なんです。毛ガニがたっぷり入ってて、松浦さん渾身の作。実は家庭用のガスで火力が足りず、揚げるのがとっても難しかったのだそうです。

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メニューその2。

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メインのお皿は、ナポリタン風のラザニア、ハンバーグステーキ、ハヤシライス。昭和32年にはキャビアもフォアグラもトリュフも使ってませんでした。洋食が何よりの外食のご馳走だった時代。3人のシェフの合作プレートです。


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デザートはシュークリーム!昭和のオシャレなスイーツといえば、何と言ってもシュークリーム!永遠のアイドルのようなものですね。

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グランターブル・キタムラの北村シェフより、お祝いのケーキがサプライズで届きました。

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最後のコーヒーは、これまた私の長年の付き合いである珈琲職人の友人に特別に昭和32年ブレンドを淹れてもらいました。昭和32年のコーヒー事情を振り返り、打ち返しという当時の淹れ方を再現!お世辞抜きにこれは本当に美味しかった!


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当日ライブがあり参加できなかったケイコ・リーさんから映像でお祝いメッセージとハピバソングのプレゼント。

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料理人チームは、四間道レストランmatsuuraの松浦さん、コリエドールの野々山さん、ルマルタンペシュール現シェフの藤村さん。

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ソムリエチームは、現ルマルタンペシュールのソムリエール、前田さんと梶原さん、2001年頃にソムリエだった佐藤さん、cafe&wine nonの今浦さん、六区の尾崎さん。


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歴代シェフが一緒に仕事する風景は、見ている方もジーンときましたね。

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この日のワインのラインアップ。主役が選んだワインは、いろいろな思い出が詰まったものばかり。一部のものはワインではなくなっていたという声も。でもそういうハプニングも含めての楽しさなのです。それを理解してくださったお客様に感謝でした。

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友人の帰山人さん。珈琲職人ですが普段は別のお仕事してる人。珈琲は完全なる趣味の世界だけど、珈琲嫌いの私が美味しいと思える珈琲を唯一淹れてくれる人。


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ドレスコード昭和32年を忠実に守ってくれた友人たちに感謝。「オー!モーレッツ!」の小川ローザ風のいでたちで現れたのは、サロン・ド・タマラドの女主人。

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なんとー!当日お祭りだったので、そのまま昭和感を背負ってきてくださったOさん

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昭和の未亡人をテーマに、ヘアメイクと着物のセレクト。実は当日のメニュー表などデザインしてくれたマルチデザイナーのトヨちゃん。


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よーく見ると、完璧な昭和感のおふたり。親友のSドクター夫妻です。

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主役とSドクター。よく似たスタイルでした。


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皆さんにお手土産として持ち帰っていただいたのが、白木のあられ。ごぼうとおこげ。昭和32年のお菓子は、クッキーやチョコレートよりも圧倒的に米菓子だったんです。名古屋が誇る白木のあられを選びました。

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あられにはこの帯を付けて。主役からのお手紙みたいな感じでね。それと、主役が還暦のソムリエですからね、当然ながらこのあられにぴったり合う赤ワインをセレクトしてもらいました。が、手元にないので画像がない泣。


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参加された方にはジャーナリストがいらっしゃり、翌日の夕刊のコラムでこんな風に書いてくださっていました。

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ちょっと気恥ずかしいのですが番外編。当日はスタッフのまかない弁当を私が用意しました。だって買ってきたお弁当なんてプロの皆さんに申し訳ないもの。たとえ味はイマイチでも、手作りなら安心ですから。


最後まで長々と読んでくださってありがとうございました。プロデュースしたわたしの方が楽しんでいたということがよくおわかりいただけたのではないかと思う。これから年上のお兄さんやお姉さんが続々と還暦を迎えることになると思うので、これに気を良くして、還暦晩餐会のプロデュース業はじめようかな。それ以外にも、いろいろな晩餐会があってもいいよねぇ。生前葬のプロデュースなんて面白そうだな。不謹慎なんかじゃなくて、みんな死に向かって生きているのは間違いないんだもの。得意の妄想癖がこの日から止まらないのである。

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これがお土産にしたあられとワイン。
私の手元にはなかったのだけど
今回のグラフィック系のものすべてのデザインをしてくれた
マルチデザイナーの豊田ミサゴさんが送ってくれたので、
追加掲載させていただく。

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それでもって当日のメニュー表がこちら。
豊田ミサゴさんがデザインと和綴じ製本をしてくださった。
おかげで立派な8ページのメニューが完成。
職人ミサゴに心より感謝。
持つべきものは、手が器用で知識豊富なデキル友人ですな。

Posted by 近藤マリコ at 21時05分   パーマリンク

2016年09月10日(土)

妄想クイーン活発な秋 [えとせとら]

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子供の頃から激しい妄想癖がある。そのほとんどが、ドリフの「もしも●●●な●●●がいたら」っていうあの「もしもシリーズ」みたいなもので、私がもし●●だったら、と、一人で妄想しては一人で「ダメだこりゃ」と突っ込んでは遊んでいる。言ってみれば、脳内一人遊びなので、誰にも迷惑をかけないし、お金もかからないし笑、どこにいたってできる。
今まで行ったことのない場所に取材で出かけると、「もしも私がこの土地に移り住んだら、どんな暮らしをするか」という妄想をよくする。山間の町なら、農業を楽しみながら古民家カフェ。都会なら、街角で占い師になる。海沿いの町なら、謎の女が営む小料理屋。妄想癖があるとは言っても、発想力がないので苦笑、だいたいこのレベルなんですけどね。
先日、我が家の近くにある飲食店に初めてお邪魔した時のことである。私のかつての妄想癖の内容を思い出し、しばらくその妄想が止まらなくなってしまって、翌朝が早いにもかかわらず眠れない夜があった。
その飲食店では、三重県尾鷲市の漁師さんから魚を仕入れているとのことで、新鮮で美味しい尾鷲のお刺身をいただくことができるのだけど、私の妄想のスイッチを押したのは、このお刺身の姿だった。
2年前のちょうど今頃、初めて尾鷲を取材で訪れ、港町の活気や浅黒い漁師さんたちのかっこよさ、それを支えるおかみさんたちの頼もしさ。街じゅうに魚が溢れているのに、魚臭さがなく、みんなツヤツヤの肌をしていて、何て素敵な街なんだろうと思ったのだった。ここなら住んでみたい、もし私がこの街に住むのなら・・・という妄想を何度も繰り返ししていたように記憶している。
尾鷲から来たお刺身ですよ、とお店の方に言われたこのお皿を見て、その時の妄想を急に思い出したのだった。
海のない街で生まれ育ったからか、港町の雰囲気には無条件に反応するきらいがある。もし私が尾鷲に住むのなら、やっぱり一人で居酒屋を営む謎の女だ。どこからともなくやってきた流れ者のような中年女が、小さなお店を始める。カウンター6席くらいの一階のお店で、二階が自宅になっている、よくある感じのお店。夕方4時頃から、仕事を終えた漁師たちが一杯ひっかけにやってくる。彼らは自宅で夕飯を食べなくてはいけないので、お店ではお酒のアテをちょっとつまむだけ。女将はそこのツボを心得ているので、小皿にアテを盛って出す。今日の海の話をさんざ話した後、数杯飲んで満足した漁師たちは6時には自宅へと帰ってゆく。それと入れ替わるようにして、地元のわけありアベック(笑)が2組くらいやってくる。アベックは放っておく、というのが女将の信条なので、お世辞を言うこともなく黙々と食事を出し、お酒を作り、程なくするとアベックも帰る。すると、さらに入れ替わるようにして、今度は意味ありげな女が一人入ってくる。実はこのお店は、10時以降は男性客お断りの札を掲げる店だった。女は恋愛の相談ごとにやってきたか、職場の愚痴を言いに来ている。女将は女の話を黙って聞き、話し疲れて酔いが回った女はいつの間にかカウンターで眠ってしまう。女将は肩に毛布を掛けてやり、小さなため息をひとつついて、暖簾をしまい、鍵をかける。
とまぁ、こういう妄想をし始めると止まらないのである。我が家近くの飲食店、あそこに行くときっと尾鷲の魚があるだろうから、またその夜は尾鷲の妄想で眠れなくなっちゃうんだろうな。美味しいお店だったので、今夜あたり、また行きたいのだけど。あ、明日の朝は早いんだったなぁ。ダメだ、こりゃ。

Posted by 近藤マリコ at 13時33分   パーマリンク

2016年08月10日(水)

ホテルユニク [えとせとら]

最近の東海道新幹線に
広告がよく出ている
ビジネスホテルがある。
ホテルユニゾという
名前なのだけど
この名前を見るたびに
懐かしく思い出される
ご夫妻がいる。
10年ほど前まで、
パリのモンパルナスにあった
ホテルユニクの管理人夫妻。
ユニゾとユニク、
ちょっと似てるでしょ笑。
モンパルナス駅を背にして
右手に入る小さなモンパルナス通、
ここに、ホテルユニクはあった。
わたしにとって
パリの旅に必要なのは、
清潔で安全なベッドだったので、
便利で安価なホテルユニクは
最適な宿泊場所だった。
そのころは
ネットでホテルをとる時代ではなく
予約はいつも電話とFAX。
おばさんの方が
受付にいる時間帯をねらって
電話をかけ、
KONDOと告げると
必ず
Je connais bien!(わかってるわよ)
と笑って答えてくれた。
なぜおばさんがいる時間帯を
狙うかというと
おじさんの方は
かなりいい加減で
予約がとれていないことがあるから。
一度こんなことがあった。
飛行機の遅延で、
パリについたのが
夜中の24時になってしまった時、
ホテルユニクに行くと
満室で部屋がないという。
おじさんに電話したよ!
FAXも送ったよ!と言ったが
そんな予約は受けてない!
の一点張り。
夜中では
ホテルを探すこともできないので、
ロビーで寝かせてと頼み込むと
かわいそうに思ったのか
(当たり前といえば当たり前だけど)
おばさんが事務所の奥の
管理人室に呼んでくれて、
狭い寝室の床に
寝袋を用意してくれた。
おじさんとおばさんの
ベッドの間で寝かせてもらったのだ。
疲れてたから
ぐっすり寝たんだよね。
いつも日本から、
ホッカイロをお土産に持っていくと、
魔法みたいだ!
といって喜んでくれた
おじさんとおばさん。
高齢のため
ホテル管理人をやめられて
その後、
そのホテルは
大型ホテルチェーンのひとつに
生まれ変わってしまった。
おじさんとおばさんが
今どこでどうしているのか
知る由もないけど
なぜこんなことを思い出して
投稿してるかというと
東京からの新幹線が大雨で止まり
熱海で新幹線停止して
やっと動きだしたのはいいけど
名古屋着が
24時を過ぎてしまいそうで
目の前の掲示板に
ホテルユニゾの
広告宣伝文句が流れたからなのだ

Posted by 近藤マリコ at 21時33分   パーマリンク

2016年08月06日(土)

美女のふるまい [えとせとら]

すみません、毒吐きです。
美女だと思ってた女性のビックリ仰天な振る舞い。
やっぱりある程度の年齢を重ねたら
外見だけじゃなくて内面も磨かないと
とんでもない愚女になってしまいます。
いい年した私自身も、
知らずに恥をかいていることはたくさんあると思うので
自戒をこめて。(その時はこっそり教えてね)
●日本の伝統文化を守りたいんです!と言う美女が、
 伝統工芸品を受け継ぐ日本家屋のお座敷に招かれた。
 裸足にサンダルでやってきた彼女は
 あろうことか、サンダルを脱いで素足のままお座敷へ。
 さらにはお座布団の上で立ったままご挨拶。
 お隣の紳士は、ぶっ倒れそうな顔してました。
●ハイブランドのオープントゥパンプスを履いた美女。
 あろうことか、ストッキングを履いてオープントゥパンプスを。
 つま先が開いているオープントゥパンプスは
 春も秋も、たとえ冬でも、絶対に素足で履かなきゃダメなはず。
 もちろん真夏の今ならありえないですよね。
 ハイブランドを、一年中履きたい気持ちはわかるけど苦笑。
素足で人様のお宅に上がらないこと、
オープントゥは素足で履くこと、
この二つは、法律で取り締まって欲しい。
※わたしのウチに遊びに来てくださるお友達には
 素足でいいよー、床の間もお座敷もないし、
 といつも言ってますので、ご遠慮なくね。

Posted by 近藤マリコ at 21時34分   パーマリンク

2016年03月21日(月)

蓄音機の夕べ再び [えとせとら]

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蓄音機にはじめて出逢ったのは1年半くらい前のことか。友人Sドクター夫妻のご自宅で催された蓄音機のコンサートディナー会でのこと。わたしたちが普段聴き慣れている電気的な媒介を通しているものと明らかに異なるその音は、ひと晩たっても体から消えることなく残っていた。その時の蓄音機の残像について書いたコラムはこちら
その残像が忘れられず、後日、某レストランで蓄音機による音楽とお料理とワインを調和させようという無謀な試みをSドクターとともに楽しんだこともあった。「そろそろまた聴きにこない?SP盤がけっこう増えてるからさ!」とお誘いいただき、第3弾のコンサートディナー会にお邪魔してきたのだ。

前々回のSドクター夫妻宅、前回の某レストランでの会から、時間も経っているし、わたしたちの耳も蓄音機に慣れてきたのと、Sドクターのコレクションが増えているので、時代ごとにSP盤の音源に違いがあることを聴き分けることができたのは驚きだった。
エディット・ピアフの「La vie en rose」は、蓄音機の隆盛期といってもいいと思うのだけど、まるでそこにピアフがいるかのような臨場感とピアフの緊張感が蓄音機から放たれて、思わずこっそり落涙してしまった。ところがもう少し時代が後になると、おそらく録音方法も進化したのか、エルビス・プレスリーの「Love me tender」では、プレスリーが蓄音機の前で聴く人々の表情を思い浮かべながら唄っているかのような余裕を感じるのである。エルガー自身の指揮による「威風堂々」は、前半がびっくりするほどテンポが速くて、エルガーは本当はこの速さで、あの名曲を聴いて欲しかったのかなーと想像したり。

Sドクターのコレクションには日本の古いものもいっぱいある。春日八郎、三波春夫、美空ひばり、霧島昇、笠置シズ子などなど、懐メロで聴いたことがある唄ばかり。中でも印象的だったのは、西条八十作詞、服部良一作曲、藤山一郎歌唱による「青い山脈」。♬若く明るい歌声に 雪崩は消える 花も咲く♬っていうあの唄ね。Sドクターによると、これは世の中が暗く落ち込んでいた戦後から、復興を願って新しい時代への希望がこめられた唄なのだとか。♬古い上着よさようなら さみしい夢よさようなら♬という歌詞はまさに新しい時代に踏み出そうとする気持ちそのものである。戦後復興を目指す日本人が、蓄音機から流れる「青い山脈」で気持ちを奮い立たせたのかなと想像してたら、再びこっそり落涙。やっぱり蓄音機には、音楽以上の影響力をわたしたちに及ぼすようである。

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蓄音機はSドクターがぜんまいを手回ししたり
一枚ずつ針を変えたりする手間がかかるので
お料理はみんなで持ち寄り。
すごいラインアップのメニューになりました。

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これがこの日の蓄音機コースメニュー!
いつもながら、Sドクターのセンスには脱帽です。
あ!先生のコレクションにピアフのpadampadamを見つけたのに
かけてもらうのをすっかり忘れてた!今度お願いします!笑

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この日のごはんは、
萌黄色の春らしいお鍋
しかも名前入りのバーミキュラ鍋で炊いた
あさりご飯!

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あさりご飯に
柚子をかけてくださるSドクター。

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アートもインテリアも
お料理もワインも
とにかく素敵なSドクター夫妻のご自宅。
いつもありがとうございます。
また次回もぜひよろしくお願いいたします!

Posted by 近藤マリコ at 17時21分   パーマリンク

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